不登校・ひきこもり政策をめぐる函館市議会の議論

  去る6月13日の函館市議会一般質問で荒木明美議員(無所属)が、不登校・ひきこもり施策について質問しました。
  この中で同議員は「義務教育は児童生徒が学校に通う義務という意味ではなく、憲法26条の教育を受ける権利を保障するために、国・社会が子どもたちに学ぶ場を用意することを義務付けたという意味ではないか」と質し、教育委員会もこれを認めました。
  そして、教育機会確保法の意義にふまえ、「子どもの休養の必要性」や「学校以外の多様な学びの場」が重要であり、そのためにも「民間団体との連携」といった法律でうたう事項について、学校関係者にしっかり理解してもらうことが必要であると指摘し、
教育委員会もそのことを認め、研修や各種会議等を通じて周知していく旨の回答を得ました。
  また、ひきこもり支援については、市としての事態調査はしていないが、内閣府調査の推計値をもとにすれば900人くらいがそれに該当すると推測される回答、対策については各所管部局で個々の相談に対応しており、総合的な相談体制ができていないこと、「子ども・若者育成支援推進法」の所管部局が定まっていないという現状が浮き彫りになり、今後の行政課題を明らかにできたと思います。
  そのために具体な施策についてはこれからの課題ですが、学校復帰一辺倒の施策を変えていく大きな手掛かりになる議会のやりとりだったと考えています。もちろん、行政が長く慣れ親しんだやり方を自発的に改革するのは大変なことですから、
当事者・関係者が声を上げ続け、具体的な提言をしていくことはさらに重要になると思います。
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道南ひきこもり家族交流会例会より③:「だらしない?」生活にどう対処するか

  日常生活の「だらしなさ」も同様で、「だらしないから外に出られない」のではなく、そのようなことを行う気力や体力が無くなっていたり、自分の状態を変えることに強い不安を感じているからです。
  なので、周りが「だらしない」と感じることを繰り返し注意したり、やめさせようとすればするほど、本人はそのことが頭から離れなくなり身動きが取れなくなる場合が多いようです。
  「それでは放っておけば良いのか?」という疑問がよく出されますが、「放っておく」というのは無関心に繋がります。そうではなく、そのような行動や生活状態は、本人にとってやむ得ない、理由にある、必要ことだと周囲が理解してあげることがとても重要になります。
  そのような共感的な気持ちからさりげなく入浴や散髪を勧めるのと、「そんなことでどうする」という気持から指示するのとでは、相手の受けとめ方は全く違ってきます。
  ですが、四六時中そういったお子さんの様子を目にしますと、ついつい注意したり愚痴ってみたくなるのも人情です。なので、そういった状態を目にしない時間を意識的に作り、ご家族ができるだけ家の外で楽しいことや関心を注ぐような体験を増やし、子ども以外のことに関心を向けるよう意識的に取り組むことも大切だと思います。

道南ひきこもり家族交流会例会より②:昼夜逆転をどうする?

【4月例会の話し合いから:親は「子ども以外のことに関心を持つ」ことが大事】
  4月9日の例会には19名が参加、3グループに分れて話し合いました。ひきこもりが長期化すると、傍からはお子さんの生活がとても乱れて不健康な状態に見えてしまいます。昼夜逆転することがとても多く、散髪や入浴もせず、ずっと着替えをしなかったり、部屋から出ることが出来ずに簡易トイレ等で室内で用 を足すとう例まであります。
  家族としては、「このままではますます外に出ることができなくなる」「誰かが訪ねてきても家に上がってもらえない」といった不安や悩みに苛まれます。
  昼夜逆転については、ひきこもりや不登校の人にとって、日中は皆が働いたり学校に行っている時間であり、それができない自分がとても惨めに感じる辛い時間なので、皆が寝ている夜の方が気持ちが安らぎ落ち着くので、ゲームや読書でもしようという気持になります。
  つまり、昼夜逆転はひきこもりの原因ではなく結果なので、それを治したからひきこもりから抜けられるという訳ではありません。昼夜逆転を責めたり、無理に起こすような対応をすれば本人の不安がさらに大きくなって、ひきこもり状態がより深刻になるリスクが増えます。

道南ひきこもり家族交流会3月例会より:親は子どもの先を歩かない

 今日でGWも終わり、明日はことのほかブルーマンデーになりそうで、不登校・ひきこもり相談も増える時期です。参考までに、
この間の道南ひきこもり家族交流会「あさがお」の例会の話題をご紹介します。
【3月例会の話し合いから:親は「子どもの先を歩かない」ことが大事】
3月12日の例会も23名とたくさんの方に参加いただきましたので、4グループに分かれて、じっくり語り合いました。あるグループでは、1年ぶりに参加された方から、不安定な生活を送っていたお嬢さんが結婚、親元を遠く離れた土地で夫婦が協力して2歳のお子さんをしっかり育てているという嬉しいお話がありました。親御さんは、それまでのお嬢さんの暮らしぶりを考えると、結婚生活に正直のところ大きな不安はあったそうです。しかし、余計なことを言わずに黙って送り出しました。
 「あさがお」に参加してから、子どもにあれこれうるさいことを言わないように心がけ、その積み重ねから結婚に際してもお嬢さんを信じて見守る態度を取ることができたように思うとお話されていました。親にできることは、子どもからSOSがあったときに手を差し伸べる心の準備をすすることだけで、子どもの先回りをしてあれこれ手出しすることではないというお話は心に沁みました。

『カナナリアたちの警鐘~不登校・ひきこもり・いじめ・体罰ヘはどにように対処したらよいか』
文芸社セレクション・文庫版、700円+税 書店注文または送料著者負担により送付可

道南ひきこもり家族交流会3月会報より④:親と本人の食い違い・続

一方、子どもの方は・・と考えてみました。当事者のお話を聞いても、日常的なことをしないということが、日々の苦悩の大部分を占めているようには感じられません。むしろこれから先の自分を考えたとき、家事手伝い・身体の衛生・部屋の掃除などは、考えなければならないことの対象になっていないようです。
 小さい頃から家事は母親の役割であり、手伝うことはあってもやらなければならない仕事ではなかったはずです。大きくなっても、忙しかったり体調が悪ければ、当然のように母親がやってくれます。今は便利な世の中になり、家事一般ができなくても暮らしていけるようにもなりました。ゴミが溜まったり体が不衛生でも、それが原因で死ぬわけでもありません。
 子どもが社会と関わっていくために重視することは、「自分の身の回りのことから」ではないようです。「家族以外と関われるか」、「学びなおす機会や資金があるか」、「家から出る第一歩をどこに求めればいいのか」、「家以外に居場所を見つけても行ける体力・気力があるのか」・・こんな思いが渦巻いているように感じます。
  こうした孤立感や先の見えない不安感のため、精神病的な症状が表れてくる場合も多々あります。この双方の視点の違いをまず母親が理解し、受け入れることが大切だと思っています。日常生活の細々したことはできなくても、代行できるものがたくさんある世の中になりました。子どもにしても、いざとなったらやるしかなく、やりはじめればなんとかなります。
  家事全般を振り返ってみても、私たち母親は初めから熟練していたわけではありません。いざとなったらできるはずと子どもを信じ、家族みんなが安心して暮らせるのが一番と、考えを切り替えてみませんか。そうすれば、母にも子にも、こころの余裕が生まれてくると思います。
 
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