函館アカシヤ会例会の様子④:愛の形、母親・父親それぞれに・その③

  父親は、母親のような細やかな愛情表現ができなくてもいいと思います。むしろ、普段は黙って見守るくらいでちょうどいいのではないでしょうか。「おはよう」の挨拶、ともに食事をした時の「これ、おいしいね。」の一言、テレビを一緒にみる・・・こうした日常の自然な関わりが、かえって父親の存在を感じさせるのではないでしょうか。 
  仕事をし家族を養ってきたという自負のある父親としては、つい「こうあるべき」といった説教をしたくなるところです。でも、お子さんも自ら望んで今の状況にあるわけではありません。父親の望む「あるべき姿」を胸に収め、わが子の今を受け入れる「懐の深さ」こそ、困難を抱える子の父親に求められる「父の愛」ではないでしょうか。
いくつになっても、「母の愛」・「父の愛」は子どもたちの大きな力になりますね。

『カナナリアたちの警鐘~不登校・ひきこもり・いじめ・体罰ヘはどにように対処したらよいか』
  文芸社セレクション・文庫版、700円+税 書店注文または送料著者負担により送付可 
スポンサーサイト

函館アカシヤ会例会の様子③:愛の形、母親・父親それぞれに・その3

【愛の形。母親・父親それぞれに:運営委員・安藤とし子さん】その3
  別の会員さんは、大学に通うため一人暮らしを始めたお子さんに「愛してるよセット」を送るそうです。電話やメールで「元気がなさそうだな・・・」と感じた時や、悩み事の相談があった時に送るそうです。お子さんは困ったことかあってもすぐには相談してくれず、なんとか自分で頑張ろうとするそうで、電話があった時には自分の力だけではどうにもならない状況になっているのだそうです。
  「どうしてもっと早く相談してくれないの。」という言葉をぐっと飲み込み、なんとか頑張ろうとした本人の気持ちと助けを求めてきたことを大事にし、「愛してるよセット」を送るのだそうです。中には、「○○ちゃん、大好きだよ!」「お母さんはいつでも応援しているよ」などのメッセージを大きく書いたカードやお子さんの好きなものなど、そのつど元気の元になりそうな品々を考え工夫して送るそうです。
  このお二人のお話にあるような愛情表現は父親にはなかなかできないものだと思いました。こうしたさりげない気遣いが離れているお子さんに母の存在を身近に感じさせるのではないでしょうか。思いがけない「母の愛」は、いつでも自分のことを考えてくれる人がいるということに気づかせてくれます。それは大きな支えになり安心感にもつながるものだと思います。家で一緒に暮らすお子さんに対しても、こうした愛情表現はできると思います。
 ほかの兄弟姉妹には秘密の、「特別おやつタイム」などはどうでしょう。その子がお母さんの負担になってはいないということを、2人だけの時間を持つことによって伝えられる気がします。

函館アカシヤ会例会の様子②:幾つになってもありがたい母心

【愛のかたち、母親・父親それぞれに:運営委員・安藤とし子さん】その2
  会員のお一人が、こんなお話をしてくださいました。
 「子どもが『学校に行かない』という状況を受け入れてはみたものの、毎日毎日家にこもりっきりの子どもと暮らしていると身も心も疲れ果て、息が詰まりそうになります。そんな中、離れた町に住む実家の母から『元気にしてる?』と電話がきます。愚痴や不安を言い出せばきりがない日々ですが、よけいな心配をかけたくないと思うと、『元気だよ。』と答えてしまいます。
  そんな電話があった数日後、実家の母から宅配便が届きました。中には『コアラのマーチ』がたくさん・・・。これは、私が子どもの頃から大好きなお菓子です。他に子どもの好きなお菓子も入っていました。家から5分のコンビニに行けばいくらでも買えるのに、わざわざ送ってくるなんて・・・。言わなくても声の調子で、私がひどく疲れ果てているのがわかったんでしょうね。いつまで子どもだと思っているのか・・・『元気を出してね』というメッセージなんですね。なんだか、とてもうれしかった。」思いがけないお母さんの心遣いに、ふわっと優しさに包まれた心地だったそうです。
  おばあちゃんになってもわが娘への愛情をさりげなく伝えてくる母心は、いい大人になった娘さんにも暖かく伝わりました。この方は「進学などで離れたお子さんに時々何か送ってあげるといいですよ。特別なものでなくていい。どこにでもあるような物でいい。わざわざ送ってくれるところに愛情を感じてくれると思う」とも話していました。

函館アカシヤ会例会より:孫の不登校④

【姑・舅との葛藤から「良い嫁アピール」へ】
 ことに母親が「嫁」の立場だったりすると、祖父母とのぶつかり合いは長い間わだかまりとなって心の中に残ってしまうこともあるようです。そんな経験を持つ方が、「子どもが不登校だった頃は、義父母にはいろいろ言われ、辛い思いもした。でも今は、高齢になった義父母に良い嫁として仕えています。良い嫁アピールをしてます。」と言いました。すごい発想だと思い、感心してしまいました。過去にわだかまりがあったにしても、「良い嫁アピール」によって、お舅さんやお姑さんの心に少しずつ信頼感や安心感が積み重なっていくことでしょう。
 やがてそれはこの方にも伝わり、お互いの信頼感が増していくように思います。気がつけば、いつの間にかわだかまりは消え去っているのではないでしょうか。「嫁」の立場にあるお母さん方からは、「子どもが不登校になったときは、いろいろ言われて辛かった。」というところまでのお話はよく聞きます。でもその後、「良い嫁アピール」をするように心がけているというお話は、今回初めて聞きました。
 「子」を愛しむ気持ちは「親」・「祖父母」ともにあるのですから、若い世代のほうから歩み寄り、「子」のことで出来た溝を少しずつ埋めていけたらと思います。この方の発想は、親がわが子に対してだけではなく、祖父母に対しても柔軟な対応を心がけるための良いヒントになると思いました。

函館アカシヤ会例会より:孫の不登校③

【わが子を支えようとする祖父母は大きな力に】
 一方では、祖父母の立場に徹する方々もいます。「孫を支えられるのはわが子夫婦」と割り切れる方々です。そして、「わが子夫婦を支えるのは親である自分たち祖父母の役目」と考えています。孫に関してはよけいな口出しはせず、わが子夫婦を支えるためにできるだけのことをしようと頑張っています。こうした方々の中には、祖父母でも黙ってみていられないほどに、わが子夫婦が苦悩している場合もあります。
 このようなことが、孫が「親」に支えてもらうためには、自分たち祖父母が「親」を支えなければならないと決心させているようです。そして、相談機関・講演会・勉強会等に参加され、祖父母として何ができるのかを知り、不登校をめぐる情報を得ようとする方も少なくはありません。
 こうしてみると、まるで正反対の祖父母の姿に見えますが、孫の今と将来を案じていることには変わりありません。でも、その気持ちの表し方ひとつで、「親」の心は傷つき揺れ動きもし、また癒されもします。「親」が何も悩まず苦しまず、ただ子どもがかわいそうというだけで不登校を受け入れているわけではありません。「なぜわが子が不登校になったのか」・「なぜいじめにあうのがわが子でなければならないのか」を考えなかった「親」はいないと思います。子どもにしても、「みんなが行ける学校に行けない自分」に苦悩しなかった「子」はいないと思います。 そうした「子」や「親」の辛さ・苦しさに心を寄り添わせる余裕が持てないほど、祖父母にとっても「孫が不登校」という現実はショックなのだと思います。そうはいっても、その動揺をわが子夫婦にぶつけて状況が良くなることはありません。「子」・「親」・「祖父母」それぞれの苦悩が深まるばかりです。
プロフィール

野村俊幸

Author:野村俊幸
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR