ひきこもり家族交流会例会より②:支援機関を上手に活用する

  この会が始動したころには、どこに相談して良いのか?という手探りの段階があり、相談場所自体も少なく、情報が限られていました。しかし、最近では若者サポートステーションや医療、障害支援や親の会での勉強、また手紙での支援などなど多くの情報を得ることができるようになってきました。そして、それらの情報を皆さんが知って実際に利用・相談していたり、活用してみようかと考えるようになってきています。
  今回のお話の中でも、お子さんの大変な状況をお母様が必死に支えていらっしゃる状況で、その大変さを理解して支えてくれる場所と人に出会っている話が出ました。やはり、今を理解してもらうこと、それを支援してもらえることはひきこもり状態にあるお子さんを支える親として、とても頼りになり、力を与えられる存在であろうと思います。
  今後もこうして支援する団体や人が増えていくこと、その情報を得ていくことが「あさがお」の今後に大きな力になると確信した例会でした。前述の「asurara」命名の由来は、「♪明日を楽しくラララララ♪♪」からだそうです。あさがおも明るい未来に向かって♪ラララララ♪と進みたいと強く思った例会でした。

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ひきこもり家族交流会例会より①:2016年11月・12月の様子

  11月13日例会は参加者25名と多数でしたので「就労等の動きがあるグループ」と「膠着状態が長いグループ」に分かれ、とても密度の濃い話し合いとなりました。
  12月11日例会は20名の参加で、テーマを決めず5人前後の小グループに分かれ話し合いましたので、一人ひとり十分お話ができて良かったです。
  樹陽のたよりは、11月・12月とも6名の参加で、アットホームな雰囲気のお喋り会になりました。
【11月例会報告】
  11月の例会には、千歳町にある就労移行支援事業所asurara(あすらら)代表の細田さんが参加されました。障害者の一般就職に向けて、個々の状況に合わせたプログラムを作り、社会参加をお手伝いしていらっしゃいます。
  ご自身もソーシャルワーカーで、事業所には心理カウンセラーやキャリアコンサルタントもいて、居場所の提供もあるというお話しを伺いました。お話を聞きながら、最近はこのような支援事業所が増えてきていることを実感して、心強く思いました。

引きこもり7対談㉓:当事者の必要性から出発すること

野村 うん。そのような器を用意しておいてあげた上でね。もしいまの状態を変えたいと思っているのであれば、何かお手伝いできることはないだろうか?という所ですね。

杉本 そうですね。むしろいまの生活が少しでもどう楽しくなれるかということのほうが大事でしょうね。あるいは安心できるとか。あの、不安にさいなまれて例えば強迫症状が軽減しないとすれば、それが少しでも減っていくことの方が先決。やれ「人と会っていく努力を」とか、何かいろいろ刺激を与えていくにはどうしたらいいか一生懸命考え過ぎるよりは、ということでしょうね。

野村 そうそう。今日の例会でも、もっとコミュニケーションをとるような機会を提供したいというか、子どもがそういう機会へ動いて欲しいみたいな話が出てきました。それはとても気持ちとして良くわかるけれども、それを本人が必要と感じているか感じていないか。その辺りでやっぱり上手くいくか行かないかが出てくると思いますよ。おそらく。

吉田 う~ん。やっぱりひきこもり者が欲している時にそのチャンスが届かないとダメなんだなあと。僕もここ最近ずっと思ってるんですよね。だからそこを察せれるか察せられないかというのは結構難しいし、それはねえ。百球投げて一球当たればいいくらいの感じというような。なんかちょっとこれも酷い言いようですけれども、何かそういう認識でいるんですよね。

ひきこもり対談㉒:ひきこもりのゴールとは?

野村 もちろん、その人の経済的な支え、誰がするんだ?というのは、これまた別の話ですよ。それは最終的には生活保護がありますけれども、どこまで福祉的な支援でそういうものをカバーするのか?というのは制度論としてはあります。

杉本 はい。

吉田 野村さんのいまの話もそうですし、『カナリアたちの警鐘』を読んでても思ったんですけど、野村さんのそういう話とか聞いてると、クライアント中心療法のカール・ロジャースのことをすごく思うんですよね。人は安心できる環境で誰かに受容されて共感される時に、自分自身のより高次のレベルの自分へと進むと思うんですよね。そして、その高次のレベルの存在というものに社会の中で、集団で生きる生き物としての人間という側面が含まれると思うんですよ。これはやっぱり人間ってものは本質的に社会の中で生きる生き物というところがあるのかなあと。安心してひきこもれれば時間はかかるけれども自然に、ゆっくりと社会と調和的なかかわりを持って生きていくようになる。それが生き物のとしての人間の姿であるところで。

野村 そうそう。そこが一番重要なんじゃないですか。このインタビューの一番の核心じゃないですかね。例えば不登校でも学校行かなくても、いろんな成長の道があって、元気になっていくんだと。そういう風に人間を見るということですよね。ひきこもりも同じじゃないかと思うんですよ。
 だからひきこもりのゴールというものをとにかくまず機械的に考えないことと、ゴールという設定自体が適切なのかどうか?ということも含めて、一人ひとりゴールというより、いまの本人の「生活の質」を少しでも高めるためにはどうしたら良いか?という考え方にしたほうが良いと思います。

杉本 うん。そうですね。どっちかというとそれが結論かな。

ひきこもり対談㉑:社会との関わりは自然的な欲求

野村 おそらく、とても楽観的な言い方かもしれないですが、まったく「社会に関わらないでいいや」、とみんな思わないと思うんです。人間の存在として。何らかの形で、やっぱり社会とのかかわりを持って社会の役に立ちたいというのは、もうそれは、とてもとても人間として自然なことであって、そういう気持ちは持ってるんだと。だけどもいろんな事情でいまそういう思いを発揮するチャンスが与えられなかったり、そういう事がしたくても出来ないような状況。例えば精神的身体的な状態だったりということがあるかもしれません。しかし安定した、本人なりの生活環境が用意されていれば、そういう気持ちを行動で表していく時期がきっと来るんだろうなと思っているんですよ。ところがひきこもりを否定的に見るために、本人が本来持っているエネルギーを削いでいっているわけですよね。ダメだダメだダメだ、って、で、「ダメだ~」って言われてそれに発奮して「なんだと、やってみせるぞ!」と思う人も中にはいるかもしれないけど(笑)。普通、人間って自分の状態を否定されて元気は出ませんよ。

杉本 そうですね。でもまあ、長女の方のお話とかも読ませてもらって、時代というか、学齢期の子どもにもその種の根性論が生きていた。「将来大変だろう」ということが言われた時期があって、やっとそれって今はもう大分薄らいできて、良くなってきたと思うんです。だからもし仮に楽観的な展望があるとすれば、ひきこもりというものを全否定するんじゃなくって、何かひきこもりの人たちに見合った多様な働き方がね。

野村 そうでしょうね~。

杉本 オルタナティブスクールがあったり、ホームエデュケーションがあったり、フリースクールがあったりするように、働き方の多様性がないんじゃいの?っていう風に普通の人たちの間で共通了解になればいいと思うんですけど。いまはちょっと真逆というか。あの~、効率性のある人しかなかなか雇ってくれないという。

野村 だからそれはいろんな就労の形ということと同時に、「就労でない」形もあるはずですよね。

杉本 就労でない形もあると思います。ええ。

野村 趣味でもボランティアでも。いわば自己表現ですよね。みんな自分を表現することで世界と繋がっていく。

杉本 うん、うん、うん。


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