【いじめから命を守る緊急集会】講演録の連載・追伸

 緊急集会終了後も「いじめ」関係の報道が続きました。その中に、石川県加賀市の小学1年生の女児が、2学期ころから同級生からいじめを受け、PTSD(心的外傷ストレス傷害)を発症したとして女児と保護者が市と同級生9人の保護に4800万円の損害賠償を求めた訴訟で、11月9日、金沢地裁小松支部はいじめとの因果関係を認め市と同級生3人の保護者に約700万円の支払いを命じたというニュースがありました。
 判決理由で「同級生は階段で女児の体を押して尻もちをつかせたり『きもい』などと言ったりしていた」と女児に対するいじめの違法性を認定し、2年生の2008年、PTSDを発症したとの医師の診断を認定しました。また、担任教師についても「いじめを把握しており防止策を講じるべきだった」と責任を認定しました。(函館新聞・11月10日、北海道新聞・11月11日)
 大人は、小さい子どもの「いじめ」を「悪ふざけ」とか「じゃれ合い」として見過ごしがちではないでしょうか? 「いじめ」が子どもに与えるダメージの深刻さを、私たちはもっと真剣に考えなければならいことを、この裁判は教えていると思います。
 今回連載した講演録はワードまたは一太郎・A4版10ページで、ご希望の方には添付ファイルでお送りしますので、ご一報ください。来年は「いじめ」の悲劇が少しでも減ることを願ってやみません。
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【いじめから命を守る金集会】講演録の連載を終了して

 長期間「いじめから命を守る緊急集会」での講演記録におつきあいいただき、ありがとうございます。もっとたくさんお伝えしたいことがありましたが、時間の関係上、絞った内容になりました。一にも二にも、「危ないとことには近づかない」→「いじめで辛くなったら学校を休む」という当たり前のことがなかなか社会に浸透せず、いじめ自殺をはじめ深刻な被害が後を絶たないことに、言いようのない怒りと悲しみを感じます。
 それでも、9月29日の緊急集会には以下の団体から後援をいただき、主催の「アカシヤ会」函館圏フリースクール「すまいる」とともに、函館心理士会にも共済いただき、ネットワークが広がっていることは心強いことです。「学校信仰」の呪縛から逃れるために、微力ですが今後とも情報発信を続けてきますので、よろしくお願いいたします。
  函館市教育委員会  北海道教育庁渡島教育局   函館弁護士会子どもの権利と法教育委員会
  (財)北海道国際交流センター(はこだて若者サポートステーション)
 北海道社会福祉士会道南地区支部 北海道精神保健福祉士協会道南ブロック
  北海道子どもの虐待防止協会道南支部 南北海道教育臨床研究会
 子どもの権利ネットワーク南北海道 道南ひきこもり家族交流会「あさがお」
 「昴の会」~不登校をともに考える会 不登校相談情報センター南北海道

【いじめから命を守る緊急集会】講演録の連載⑱

【学校関係者へのお願い】その3 
 ですから、地域で、家庭で、社会全体で子どもたちの抱える様々な困難、課題について連携して取り組むことが大切であり、今日の集会はささやかなものですが、そのひとつのきっかけになればとてもありがたいと思います。
 最後になりますが、レジメの4ページ目に新聞記事を紹介しています。「読売新聞」への私の投書は5年前のものですが、内容は今日お話したことと全く変わりませんので、5年前と同じことを話さなければならない状況が続いています。北海道新聞の記事は6年前です。この「主婦Bさん」が長女です。必死の思いで取材に応じたのだそうですが、この記事が過去のものではなく、今またこのような形で紹介しなければならないことが残念でたまりません。
 長女夫婦が最後に「絶対に死んではいけない。死んで誰が得をするか考えてください。まず、学校なり人間関係から逃げてください。逃げた後でゆっくり考えてください。相談できる人に30分話してください。落ち着いたら、甘い物をとって、リラックスしよう」というメッセージを送っていますが、私も繰り返し繰り返し、このことをお伝えしていきたいと考えております。ご静聴ありがとうございます。

【いじめから命を守る緊急集会】講演録の連載⑰

【教育関係者へのお願い】その2」
 さすがに、「不登校OK」ということは立場上からも明言できなかったようですが、町村信孝さんという、今回の自民党総裁選挙にも出馬したくらいですから立派な政治家なのでしょうが、だいぶ以前に彼が文部科学大臣のとき、「不登校は自由のはき違えから起こる」と発言してひんしゅくを買ったことに比べますと、平野大臣は「いじめ、あるいは学校の環境になじめず不登校になった方々であっても、生きる道は絶対にあるんろうと私は思ってますし、その障害をとりのぞいていくのが私たち大人の役割と思っています」とコメントしておりまして、はるかに子どもの立場に立っていると思います。
 確かに、いじめ・不登校の相談支援に関わる者としては物足りないことは否めませんが、日本の教育行政のトップの発言ですから、田中真紀子大臣にもしっかり引き継いでいただき、最低限このことにふまえ、「いじめ対策」に取り組んでいただきたいと思います。
 レジメでは次に「ソーシャルワークによる総合的な支援を」ということで、これは「いじめ問題」に限らず、子育てや教育の場面でも、ソーシャルワークとよばれております、社会福祉における相談支援活動における考え方や方法論がとても役に立つということをご紹介したくて載せているのですが、話始めたら長くなり、参加者の皆さんの質疑応答や意見交換の時間を取れなくなりますので、ここでは省略いたします。
 ひとつだけ申し上げたいのは、「いじめ」をはじめとする、子どもたちが抱える様々な問題を、学校だけで抱え込まないでいただきたい、ということです。「抱え込む」というより、「学校が抱え込まされすぎている」、別の言い方をすれば、私たちは学校にあまりに多くのものを期待し、求めすぎているのではないでしょうか。そのことがさらに学校を息苦しくさせているように思います。

【いじめから命を守る緊急集会】講演録の連載⑯

【教育関係者へのお願い】そのq1
 そこで「いじめ・いじめ自殺に関するアピール」という文書を資料としてお配りいたしました。「登校拒否・不登校を考える夏の全国大会」が毎年開催されておりますが、今年は7月28日・29日に北海道定山渓温泉で、全国から不登校やひきこもりの当事者や家族、相談支援に関わる人やフリースクールなどの関係者が約400名も参加し開催されました。今年はその大会の中で「いじめ・いじめ自殺を考える緊急集会」が開催され、これはその際に採択されたアピールです。
 その裏面に「Fonte」という不登校やひきこもりに関する専門紙の第346号(2012年9月15日)の記事を紹介していますが、そのアピール文を携えて、いじめ・不登校経験者が8月31日に当時の平野文部科学大臣に面会し、いじめから身を守るために不登校を認めてほしいと直訴したわけです。
 これだけ長期間、いじめや不登校が大きな問題とされ、様々な政策、対策が打ち出されてきたにもかかわらず、不登校の子どもが文部科学大臣に直談判したのは初めてということですので、国の教育行政がいかに当事者の声に耳を傾けようとしてこなかったかということを象徴するような話ですが、平野大臣は会ってくれて、真剣に話を聞いてくれたそうです。

【いじめから命を守る緊急集会】講演録の連載⑮

【「いじめ自殺裁判」の教訓】その5
 それにしても、こんな重大な「いじめ自殺」裁判が、あまり広く知られていないことが不思議なのですが、いじめ自殺に関わるこれらの民事訴訟の過失相殺の考え方は、いじめられても本人が学校に通いつづけたり、保護者が通わせ続けようとした場合は、それが過失になるということです。
 まだまだ世間一般では、「いじめられたら学校を休んで良い」という考え方が浸透してない現状にもかかわらず、このような過失相殺の判断が適用されるというのは腹立たしいことではありますが、しかし、裏を返せば、いじめがあったり、その兆候があった場合はしっかり学校を休ませるということでわが子を守る必要があることを、これらの判決は教えていると思います。
 その際に、親御さんにお願いがあります。「いじめ」がある程度分かれば、学校に対しそのことをきちんと説明し「子どもの安全確保のために欠席させます」ときっぱり伝えることはもちろんですが、「いじめ」について具体的に分からなくても、お子さんが学校に行き渋ったり、行くのが辛そうであれば、長年不登校の相談に関わってきた経験から、かなりの割合で背景に「いじめ」がある場合が多いですから、「いじめがあるかもしれない」と考えて予防的に休ませてほしいのです。
 そして学校に対しては、「いじめがあるかどうかはまだ分かりませんが、学校に行くのが辛そうなのでしばらく休ませます。仮にいじめがあったとすれば、うちの子が行かなくなると、別の子がターゲットにされる恐れがありますので、クラスの様子には十分ご注意ください」とお伝えください。
 重大な事件が起きたからでは遅すぎます。先生方にも危機意識を持っていただくことが大事だと思いますので。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑭

【「いじめ自殺裁判」の教訓】その4
② 知覧町いじめ自殺事件(平成14年1月28日、鹿児島地裁の判決)
 これは、鹿児島県知覧町の中学3年男子生徒が集団暴行などのいじめにより自殺したことに対して、両親が加害者5人と学校設置者の知覧町に損害賠償を求めていた民事訴訟ですが、判決はいじめの事実を全面的に認め、5人の元生徒に4483万円、知覧町に1320万円の支払いを命じました。
 これも民事訴訟ですので過失相殺の判断が示されたわけですが、その中で裁判官は、原告両親が、自殺の前日に子どもから被告生徒らに暴行を受けていることを聞いていたけれども、加害者とその両親が原告宅を訪問し、形ばかりの仲直りをさせたことで解決したと考え、自殺の朝にも学校に行くように説得したことなどを「原告両親の過失」と認定し、損害賠償額から4割を過失相殺で減額したというものです。
 私が先ほど、「仲直りさせる、加害者に謝罪させることで解決を図る」という意見について、「仲直り」とか「謝罪」が表面的なものに終わると事態はもっと深刻になると申し上げたのはこのことでありまして、「謝って仲直りしたのに、それでも学校に行かない」ということになれば、今度は被害者のわがままという話になって、ますます学校を休むことができなくなり、小川中学事件の判決にもありましたが逃げ道を塞いでしまうことになります。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑬

【「いじめ自殺裁判」の教訓】その3 
 そこから驚くべき結論が出てきますが、これは民事訴訟ですから、被害者側の落ち度が過失相殺という形で問われます。このことは私たちも交通事故の示談交渉などでも経験していることで、例えば車にひかれた歩行者にも、信号無視したとか、横断歩道でないところを渡っていたとか、道路の左側を歩いていたとかいう過失がありますと、過失割合が「5対5」とか「3対7」とか判定されて、損害賠償額が減額されます。
 この事件の場合、裁判官は被害者の過失として「このようなひどいいじめを受けているから学校に行きたくないと訴えるくらいのことは期待してもよいように思われる」と言って、つまり登校拒否をしないで学校に通ったことを、被害者の過失として40%の過失相殺を適用したのです。
 そして、家族についても、「保護者の指導の重点は被害者を学校に行かせることにあり、被害者が学校に行くのを嫌がっていることを感じ取れたにもかかわらず、その原因を思いやることなくひたすらに出席させ、そのことで被害者の逃げ道を狭める結果となって被害者をますます窮地に追い込むことになった」として、保護者側の過失として30%を認定し、残り30%だけを学校側の過失として認定しました。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑫

【「いじめ自殺裁判」の教訓】その2 
 この判決がここで終わっていれば、子どもの人権を守るための有意義な裁判という評価になるのでしょうが、その一方で子どもや学校の現実を理解しているとは思えない判断もくだされています。
それは、自殺の予見に関する判断でありまして、学校は自殺の予見をできなくても、責任を逃れることはできないという判断までは良いのですが、この事件の場合、自殺の予見はできなかったとしており、問題はその理由です。
 判決では、被害者がいじめを受けて「自殺を考える程度に苦悩しているということであれば、その前兆として顕著な登校拒否症状が生ずるであろうことが考えられる」けれども、「被害者が家人に対しても深刻な苦悩の様子を明らかにしたということはなく、それ程目立った不登校もない」と言うわけです。
 いじめに遭っている子どもが家族ににもなかなか打ち明けられないというのはわが家の長女もそうでしたから、これは子どもの心情を全く理解していませんし、不登校していないから、周りもそんなに深刻に考えなかったとういうのも、子どもにとって不登校するというのはどんなに大変なことか、やはり全く理解していないわけです。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑪

【「いじめ自殺裁判」の教訓】その1
 次に「いじめ自殺裁判の教訓」について述べますが、これは今私が申し上げました、「いじめで辛いときは、ただちに学校を休んだ方がよい」ということを、図らずも裏付ける内容になっているからであります。時間の関係上、それぞれの事件の詳細について説明することはできませんので、ポイントを簡単に紹介します。
① 小川中学校事件(平成2年12月16日、福島地裁いわき支部の判決)
 これは昭和60年に、いわき市立小川中学校3年生の男子生徒が、同級生からの激しいいじめにより自殺したことに対し、遺族が学校設置者であるいわき市を被告として損害賠償計8300万円を請求した民事訴訟です。その判決では、まず自殺の主因を悪質ないじめと認め、学校側に安全保持義務違反があるということで、学校側の過失を認定しました。そして、学校側に安全保持義務違反があったかどうかの判断は、そのいじめが被害者の心身に重大な危害が及ぶような悪質なものであるという認識ができれば十分で、被害者の自殺を予見できたかどうかを問う必要はないと指摘しています。
 これはとても重要な指摘で、最近も「いじめ自殺」の報道の中で、「いじめを防げなかったことは申し訳ないが、いじめと自殺に因果関係がはっきりしないので、自殺についてまで責任を追求されても困る」みたいなコメントをする学校関係者がおりますが、とんでもない話で、特に教育関係者はこの事件をしっかり教訓にしていただきたいと思いますし、それから20年以上も経っているのに、同じことが繰り返されていることに、私は心底憤りを感じます。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑪

【想定される反問・疑問】その4
④ 「学校に通わないと子どもはちゃんと成長できない」
⑤ 「不登校が長引くと進学などが不利になる」
 このような心配は共通しておりまして、要するに子どもがきちんとした社会人として世に中に通用するようになるためには、学校は絶対に必要だという考え方が根っ子にあるからだと思います。
 これは、いじめによる不登校に限らず、そもそも不登校をどのように理解し、どのように関わったらよいのかという課題につながりますので、説明を始めましたらそれだけでいただいた時間を使い切ってしまいますから詳しい説明を省きますが、まずは、不登校のままで成長して社会に巣立ち、元気に暮らす子どもがたくさんいるという現実をしっかり見ていただきたいというとであります。
 子どもが成長する場は学校以外もたくさんありますが、特に中学校でお子さんが不登校になりますと、親御さんは「高校に行けないとたいへんだ」と焦ってしまいますし、かく言う私もそのことから長女を留年させるという、愚かなことをやってしまった親であります。
 しかしそのうちに「高校に行かなかったらこの子の人生は終わりなんてことはない」と思い始めてから、無理に長女を学校に戻そうとすることは止め、そこからだんだんと長女との信頼関係も回復し、コミュニケーションもできるようになっていって、長女は元気を取り戻していきました。
 つまり、「15の春」に必ず高校に行かなければならないという思い込みを捨てることです。現在はいろんな進学コースもできていますし、高校で不登校になり、やむなく中退という事態に至ったとしても同様です。
 確かに不登校は進学にとって大きなリスクですし、高校中退のリスクも大きいことは間違いありませんが、いわば「将来の安心」のために、子どもが今、必死に必要としている安心を犠牲にすべきではありません。
 死んだら取り返しがつきませんし、そこまで至らなくても心に深いダメージ負うことで、その後の社会生活に大きなマイナスの影響を及ぼす例がたくさんあるからです。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑩

【想定される疑問・反問】その3
② 「仲直りさせる、加害者に謝罪させる」ことで解決を図る
 これもよくある意見ですが、「仲直り」とか「謝罪」の中身が問題でありまして、それが表面的なものに終わると事態はもっと深刻になり、取り返しのつかないことになりかねませんので、このことにつきましては、後ほど「いじめ自殺裁判」のところでふれたいと思います。

③ 「加害者を出席停止にしないと不公平だ」
 被害者を休ませることより、「加害者を出席停止にすべきで、そうでないと不公平ではないか」という意見もあると思いますし、私もいじめ被害者の親としては、その気持ちもよく分かります。
しかし出席停止まではいかなくても、例えばクラス替がありいじめた子どもがいなくなった場合などもそうですが、「加害者がいなくなった」、つまり「いじめの原因が取り除かれた」、だから学校に来ることができる、と単純に考えることはできません。
 「いじめ」によってその子の心がズタズタにされている場合、「いじめっ子がいなくなったからもう大丈夫だよ」と言うだけで心の傷が回復するくらいなら苦労はありませんし、そもそも人間の心は、そのような状態に追い込まれた原因がなくなったからと言って、自動的に回復するような単純なものでないことは、私たちの日々の暮らしの中でもしばしば経験していることではないでしょうか。いじめられた後とそれ以前とでは子どもの心の状態が大きく違っていて、「いじめ」によって受けたダメージから回復するにはとても時間がかかりますので、ゆっくり休養させてあげることが何より大切です。
 つまり、「出席停止」を被害者を学校に戻すための手段と考えても全く意味はなく、それが加害者への指導にとって効果的なのかどうかで考えるべきことです。場合によっては加害者が別のいじめを受けていたり虐待を受けていて、その腹いせにそのような行動に及ぶことも考えられますので、だからと言って「いじめ」という行為が決して許されないのはもちろんですが、そのような場合は加害者の子どもへのケアも必要になりますので、出席停止が加害者の子どもにどのように影響するかなどを、総合的に判断して決めるべきことだと思います。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑨

【想定される疑問・反問】その2
 先日、北海道新聞の「読者の声」に「いじめではなく犯罪の意識を持て」という投書が掲載されその中で、「殴る蹴るというのは暴行であり、お金を脅し取れば恐喝であって、れっきとした犯罪である。言葉によるいじめであっても、相手を自殺に追い込むようなことがあえば、いじめた者は殺人罪に問われてもいいぐらいだ。このような行為を『いじめ』と言ってひとくくりにしてしまうから『いじめられる側にも原因がある』とか『自殺する勇気があったらうんぬん』と言いたがる者が出てくるのだ。いじめは犯罪であることを分からせるためにも、もう『いじめ』という言葉は使わない方がいい」とありましたが、私も同感です。
 「辛いことに耐えるのも人生経験」とおっしゃる方でも、まさか「人権侵害や犯罪被害に耐えるのも人生経験」などとは言わないと思いますので、「いじめ」に対しても「 被害に遭わない、被害を避ける」ことが一番の基本であると申し上げたいわけです。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑧

【想定される疑問・反問】その1
 さて、こう提案いたしますと、必ず次のような疑問や批判をいただくことになると思いますので、その代表的なものをレジメの2-(2)に紹介いたしました。
① 「辛いことに耐えるのも人生」「辛いことから逃げてはいけない」
 まずはこのような意見が出されると思います。「長い人生には辛いことがたくさんあり、そのたびにそこから逃げていては人間生きて行けない。大人になってからでは遅いので、子どものうちから困難から逃げないでそれに打ち克つ強さを持つように教育し、指導しなければいけない」という意見です。確かに、一般論としては、そのような心がまえも必要でしょう。
  しかし、「いじめ」は明らかな人権侵害です。また、「いじめ」の個々の行為の中には、暴行や恐喝といった犯罪にあたるものもありますし、物理的・肉体的に直接ダメージを与えなくても、無視や暴言、陰湿な嫌がらせなどは、取り返しのつかない精神的なダメージを与えます。
 最近はパワハラやセクハラが原因で精神疾患に追い込まれた人が労働災害の認定を受ける事例も出ていますので、「いじめ」が子どもに与える精神的ダメージの大きさを、私たち大人は、もっと深刻に考えるべきではないでしょうか。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑧

【「いじめ」への対処の鉄則】
 ですから、私が申し上げたい「いじめ」への対処の原則は、「危険なところには近づかない」、つまり。まずは「いじめ」から逃れ、「学校を休んでください」ということです。これは別に特別な話ではなく、身の安全を守るための基本の基でありまして、この度の悲惨な原発事故でも、一定以上の放射線量の地域は自分の土地や財産があっても立入禁止になってますし、災害時に重大な危険性があるときには、行政の責任において避難命令を出すのではないでしょうか。
 以前に学校プールの排水溝に子どもが巻き込まれ亡くなる事件が続いたことがありましたが、そのとき子どもたちを泳がせながら修理したでしょうか? すぐにプール授業は中止し、完全に修理が済み安全確認されてから授業を再開したのではないでしょうか。

「いじめから命を守る緊急集会」講演録の連載⑦

【わが家の「いじめ・不登校」体験】その7
 私は不登校の相談に長年携わってきましたが、いじめが原因かどうかに関わらず、お子さんが「学校に行けない」という気持で不登校するのと、「学校に行かない」と自分で決めて不登校するのとでは、その後のお子さんの元気さが随分と違うと感じています。
 これは当然の話でありまして、「行けない」という場合は「行けないダメな自分」を責めることになり元気は湧いてきません。まして親や周りから行かないことを責められますと増々落ち込んで、病気のような状態に追い込まれます。しかし、「行かない」というのは、ともかくも自分の意思がそこに入ってきますので、周りがそのことを否定せず、本人の気持ちを尊重し、サポートしますとエネルギーも湧いてきて、次のステップにつながっていく可能性が大きくなります。
 結局次女は、中学校には2ヶ月ほど通っただけで、後は全く学校に行かないまま卒業しましたので、次女の場合はいわゆる義務教育9年間のうち、後半の6年間はほとんど学校に行かないで大きくなったわけですが、私は次女がが不登校をしてくれたおかげで、「いじめ」の中に彼女を晒さないですんだことを、本当に良かったと思っています。
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野村俊幸

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