全国フリースクールネット等記者会見③:憲法26条「教育を受ける権利」との関連

■喜多明人(多様な学び保障法を実現する会共同代表、早稲田大学教授)
早稲田大学の喜多です、いろいろな研究をしていますが、今回のことに関わっていうと、教育法学が専門ということになります。
今回の法案、8月に案が出てきてからいろいろな審議を経て、現在の案にいたっていますが、大きな変更は「長いスパンで、多様な学び、教育機会の確保の仕組みを時間をかけてつくっていこう」ということになったという事です。
最初は具体的な制度設計を法律に書いていこうということでしたが、日本では全く未経験の制度ですので、法律に書いていくのは無理がある、それでもそれをつくっていくという点を評価しています。
私はもともと「理念法で良い」と思っていました、第一条には、新しい、多様な学びを今後制度化していくための基本的な理念を設定すること、責任主体をはっきりさせること、それから制度設計については民間団体あるいは地方自治体と協議して良いものをつくっていこうということが書かれています。
また、基本指針には、国、地方自治体は民間団体の意見を「反映させる」という非常に大胆な言い方もしています。他の法律では意見を「尊重する」という表現が多いですが、これは「意見は尊重しました、でも決めるのは私です」といえる表現ですが、「反映する」という以上は、私たち民間団体や地方自治体の意見を実際に反映させていく必要がある。今後、制度設計を丁寧につくっていき、よりよくしていこうという仕組みです。そういう意味で、私はこの法案の意義を支持したいと思います。
それから、教育法的にいうと、憲法26条で子どもたちには「普通教育を受ける権利がある」ということになっています、保護者に「受けさせる義務がある」という書き方ですが、それを担保する仕組みが学校教育法しかなかったということが日本の教育法制の欠陥だったとわたしは思っています、不備といった方が良いかもしれません。
つまり、欧米では、普通教育を学校以外にも担保する仕組み、家庭も含めて様々な学校教育以外の学びも担保する仕組みがあ る。本来は日本にもそういう法制度があって良かったのですが、学校教育だけを担保して70年が経ってしまった。この70年間の重み、「教育は学校でやるもの」というしみついた意識、これがこの一年間は私が感じてきたことです。
学校以外の学びを子どもたちが求めた時、「学校でなきゃいかん」という日本の社会の意識の強さを感じ、そういう意識だからこそ制度の壁を破らなければ変わらないと感じています。
私は、教育法学と同時に学校教育学もやってきた人間ですが、そういう人間が多様な学びを提案している。それは、学校を変える、あるいは教育改革を進めていく上でも多様な学びを進めていくことが大事だと思っているからです。
学校を改善すれば不登校はなくなるし、多様な学びは不要になるという教育学者は、私の友人も含めたくさんいます。しかしそれは空論の部分もあり、現に子どもたちが学校外の学び、多様な学びを求めている、そこの部分を今回法制化していくということで、理念として「多様な学び」が追加されたことに評価しています。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

野村俊幸

Author:野村俊幸
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR