ひきこもり対談⑤:不登校は学校との関係が鍵に

杉本 僕も読ませていただいた野村さんの著書『カナリアたちの警鐘』を読んでもですね。やっぱり野村さんのお子さんのお話と、あと不登校の部分の話ってやっぱり義務教育とか教育制度とか、社会とかとの絡みで考えたほうがいいなあ、と思ったんですよ。でもひきこもりの話になると僕も乱暴な話しますけど。ちょっとやっぱり複雑な要素が多くなってくるんだろうなという気がしたんですね。
 だから本当にいま不登校の子がクラスに一人はいるような状況になってきてますから、まあ教育制度を責めたり教師を責めたりは出来ないと思いますけど、ちょっと全ての子にとっていい文化を築ける場所になってないだろうなという。制度側の問題と言うのは大きいんじゃないかなというのは思うところで。そこはやっぱり親御さんなんかも「ああ、そういうことなんだ」ということであれば受け入れやすいということはあるだろうなと思いましたね。

野村 「アカシヤ会」の場合はですね、学校との関係が整理つくと結構元気になっていくといいますか、つまりこれもとても乱暴な言い方だけれども、「学校に行かない」という選択をキチンと出来れば問題のかなりの部分が解決するんですよ。ですから親御さんがそういう風に思っていけることで「今度学校の先生とのやりとりでもこういう風に言ってみるわ」、という感じになってね。具体的な手がかりを掴んで帰りやすいんですよ。最後は笑顔になったり笑い声で話が弾んだり。やはり最初は、みんな身を縮めてますからね。例会の話し合いを進める中で実際そうやって不登校を体験した親御さんの体験談とか工夫を聞いて相当手がかりは掴みやすい。つまり学校との関係で無理に学校に行かないという選択肢がはっきりしてくれば結構解決していくんですね。
 ところがひきこもりの場合が難しいのは「社会に出ない」という選択肢がなかなか出来ないわけです。不登校の場合「行かない」という選択肢ですけれども、ひきこもりの場合は「何かをしなければならない」ということの解答を常に求められる。親も、支援者の側も。で、答えが無いんですよ、それについては。そこの違いはとても大きいと思いますよ。

杉本 いや、明快ですね。その話は。うん。非常に深く頷きます。
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