ひきこもり対談⑥:ひきこもりと不登校の違い・続き

※ しばらく中断していましたので、前回の一部を再掲し連載を再開します。

野村 「アカシヤ会」の場合はですね、学校との関係が整理つくと結構元気になっていくといいますか、つまりこれもとても乱暴な言い方だけれども、「学校に行かない」という選択をキチンと出来れば問題のかなりの部分が解決するんですよ。ですから親御さんがそういう風に思っていけることで「今度学校の先生とのやりとりでもこういう風に言ってみるわ」、という感じになってね。具体的な手がかりを掴んで帰りやすいんですよ。最後は笑顔になったり笑い声で話が弾んだり。やはり最初は、みんな身を縮めてますからね。例会の話し合いを進める中で実際そうやって不登校を体験した親御さんの体験談とか工夫を聞いて相当手がかりは掴みやすい。つまり学校との関係で無理に学校に行かないという選択肢がはっきりしてくれば結構解決していくんですね。
 ところがひきこもりの場合が難しいのは「社会に出ない」という選択肢がなかなか出来ないわけです。不登校の場合「行かない」という選択肢ですけれども、ひきこもりの場合は「何かをしなければならない」ということの解答を常に求められる。親も、支援者の側も。で、答えが無いんですよ、それについては。そこの違いはとても大きいと思いますよ。

杉本 いや、明快ですね。その話は。うん。非常に深く頷きます。

野村 ええ。だからもう極論すればね。「別に働かなくてもいいんだよ」って。「一生家にいたっていいんじゃない?」って。極端なことを言えばですよ、そういう選択肢を本人も親も割り切って開き直って持てれば、だいぶ精神状態は良くなると思うんですよ。でもそれってとても難しいと思いませんか?

杉本 確かに難しいですね(笑)。

野村 まあ、非常に比喩的な言い方をすると、「行かない」「しない」という選択肢でかなりの部分解決するのが不登校だとすればですね、ひきこもりの場合は常に「何かやらなければならない」という解決を求められるのがあるわけです。

杉本 う~ん。つまりある意味では不登校の子の場合は親御さんが変わればだいぶ元気になる。ひきこもりは僕もずいぶん乱暴なことを言いますけど、親御さんが一生懸命勉強して、知識を得てもそう動きがない可能性もあるから、親御さんもなかなか徒労感が大きい、支援者の人も徒労感がある、というようなものかもしれませんね。
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