ひきこもり対談⑯:「親亡き後」の不安

野村 とっても極端な話ですが、例えばひきこもって、まあ働いてもいない。それから積極的な社会参加もしていない。だけども家庭の中では本人の状態について親も理解し、まあ「仕方ない」ということでもいいですから家族が理解してあげて、本人もそれで安心して家庭生活が円滑に済んでいる。そうなると当然親子関係も良いですから、例えば家の中の手伝いのようなことをしたり、普通にコミュニケーションをとっておだやかな家庭生活が出来たとします。ほとんどは難しいけど、そういう風に親も気持ちを切り替えて本人も納得して無理に外に出るということをしないとします。

杉本 はい。

野村 そういう選択で行った場合に何が問題になるんだろうな?と私は思うわけですよ。

杉本 そうですよねえ。

野村 そのこと自体をひきこもっているからということで非難してね。その人が出なきゃいけない、という働きかけは大きな余計なお世話じゃないかなって、私は思うんです。ところが社会から見るとそのままずっと過ぎていって親が死んだあとに。

杉本 ああ~。

野村 良く出てきます。

杉本 テーマの中心ですよね。

野村 親が死んだ後に一人で生きて行けないだろう、と。最後は誰が面倒みるんだ?と。生活保護なりなんなりで、社会の税金を使って面倒見ることになるんじゃないかと。社会の迷惑だと。極論すれば、だから社会の迷惑にならないように何とかせい、という発想になってきます。

吉田 ええ。

杉本 あの~、難しい言葉を使うと「社会的排除」の論理なんですよね。本当に。そういう風に話が行ってしまうんですよね。

野村 そうなんですよ。そうすると働いて収入得れない人間は”Doing”じゃないですけどね。社会に存在できないのか?という話になりますね。

吉田 うん。
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