集中連載「わが子が不登校で教えてくれたこと」②

 今年38歳の長女が、中学2年の1学期、朝になると「頭が痛い、お腹が痛い、吐き気がする」など様々な身体症状を訴え、学校に行けなくなりますが、とりあえず休ませると昼頃までには症状が治まります。不登校について全く理解のなかった私は、「それならば学校に行けるだろう」と学校に行くように強制し続けました。
 先生に家庭訪問してもらう、毎朝友だちに迎えにきてもらう、車に押し込んで学校まで連れて行くなど、あらゆる手をつくしましたが、登校させようとすればするほど、長女の体調は悪化して、3年生に入るとほとんど行くことができなくなりました。
 このままではどこの高校も入れないので留年して次の受験に備えようという愚かな判断をして、長女を決定的に追いつめてしまいます。長女は学校へ行くどころか家からも出られなくなり、部屋の中は荒れ放題、昼夜逆転して生活のリズムはメチャメチャになってしまいます。
 ここに及んで妻が「どうもこれは変だ。自分たちのやり方が間違っていたのではないだろうか」と不登校についていろいろ調べ、無理に学校に戻そうとしたことで長女をひどい状態に追い込んでしまったことに気がつき方針を変えますが、私はなかなか気持ちの切り替えができませんでした。一般的に父親は「そんなことで世の中は通用しない」「もっと強くならならなければダメだ」といった意識からなかなか抜けられません。
 しかし、妻からずいぶん諭され、長女のいよいよ辛そうな状態を目の前にして、長女を必死になって学校に行かそうとしたのは、「長女のため」と思っていたものが、実は「高校に行けないと困る」という親の気持ちであることに気がついていきました。そこから「まてよ? 本当に高校に行かなければ、この子の人生は無いのだろうか?」という気持ちにだんだん変わっていき、このときの解放感は今でもはっきり覚えています。
 自分の気持ちが楽になると自然と子どもとやさしく接することができるようになるもので、それから長女との関係も改善し、長女は元気を回復して通信制の北海道立有朋高校に進みます。
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