夏休み明け子ども自殺を防ごう:不登校と憲法第26条

 私は新聞2紙購読しており、今週は「子ども時自殺」の記事を目にしたいません、私の澪としか、報道されなかっただけかもしれませんが、全国的にはどうなのでしょうか。そうであれば嬉しいのですが。
 私は学校での学びを自体を否定しているのではなく、そのお子さんにとって「今そのとき、その学校が耐え難い場所」になっているので、そこには近づかないというのは、当り前の話だと思うのです。中には、学校という「時間と空間」そのものに強い違和感を覚え、自分が行くべき場所ではないと感じるお子さんもいるでしょうし、おそらくわが家の次女はそうだったと思います。ならば、なおのこと行かない方が良いです。
 しかし文科省の方針が「不登校の解決=学校復帰」ですから、不登校への理解は広がらず、やはり制度を変えないと限界があります。日本国憲法第26条第1項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しています。そして第2項で「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育はこれを無償とする」と規定しています。
 ですから、子どもは「教育を受ける権利」があり、国民はそのために「普通教育」を受けさせる義務を負いますが、どこにも「学校教育を受けさせる義務」とは書いていません。
 ところが、憲法の下位法規である学校教育法で、同法1条で定める学校でしか普通教育を受ける機会を認めていないので、不登校の子どもや自主夜間中学で学ぶ人々は、「教育を受ける権利」を法的に保障されていません。それどころか、本人にとっては辛い場所でしかない学校に行くことを強制されますので、こんな馬鹿な話はありません。私はこれは憲法違反の状態だと思います。
 しかも、フリースクール等は基本的に家庭が支払う利用料で運営され、スタッフの方々も低賃金の状態にもかかわらず、その献身的な努力によって支えられています。教育を受ける権利を侵害された国民がさらに経済的的負担と自己犠牲を強いられているのは理不尽な話ですから、これらの取り組みが普通教育のひとつの形といして認めるような制度改正が必要だと思います。
 普通教育の一環として法的に認められれば、憲法26条第2項の義務教育であり、当然無償であるべきですから、フリースクールやホームエデュケーション、自主夜中にも公的財政支援に道が開かれます。
 その意味からも、今回の「多様な教育機会確保法案」の成立を願っています。初めから完璧な法律はありませんが、この法律をてがかりに、このような憲法違反の状態を改善していく大きな一歩になると思いますので。

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